インプット仮説
FLAやSLAの分野にインプット仮説呼ばれる仮説があります。
仮説というのは、「OOではないだろうか」ということなので、100%正しいかどうかは分かっていないことのことです。
大人の私たちは、私たちが子供の頃どうように話し始めたか、どのように第一言語を習得したのかについては、もう記憶がないので、具体的にイメージすることができないかもしれません。
でも大体の子どもは、親や兄弟の言うことを聞いて、それを真似しながら試行錯誤することで、言語を習得していきます。
子どもがどうやって言語を習得するかについては、それだけでかなり大きな研究分野なので、ここでは深入りしません。
子どもの言語習得だけではなくて、第二言語習得(SLA)を含む、言語習得全般に言えることですが、インプット(聞く・読む)だけで習得は可能なのか?それとも、アウトプット(話す・書く)が必要なのか?という論争があります。
「言語習得は母語も外国語も言語内容(話された内容・読んだ内容)を理解することによって”のみ”起こる」と主張しているのが、インプット仮説です。
この仮説を立てたのが、クラシェンという人です。
この仮説を支える証拠がいくつかあります。
FLAの場合、対象は幼児ですが、なかなか話し始めなかった幼児が、ある日突然話始め、しかも正しい文を話したのでびっくりしたという話をよく聞きます。
話し始めるのが遅いと親は心配します。
うちの子はなにか障害があるのではないか?
もちろん障害があるから話し始めるのが遅いこともあります。
しかし、そうでなくても話し始めるのが遅い幼児はけっこういるのです。
そして、彼らがある日突然話し始める。しかも、完璧な文を話す。
僕もなかなか話さなかった幼児がある日突然完璧な文を話し始めた子どもを知っています。
アインシュタインもそうだったみたいですね。
The Einttein Syndrome: Bright Children Who Talk Lateという本があるくらいです。
このような例を見ると、言語習得そのものに関しては、アウトプットは必ずしも必要ないような気がします。
第二言語習得の場合も同じことが言えるそうです。
昔、アメリカから来た転校生が僕のクラスにいましたが、彼は長いことことばを発しませんでした。でも、ある日突然、彼が野球について日本語で語り始めたので、「なんだ、日本語できるんじゃん!」とびっくりしたことがあります。
彼は日本に来た時点では、日本語を話すことができませんでした。
でも、しばらく日本にいると、日本語のインプットも増えます。
僕たちが話すのを黙って聞いていたのかもしれません。
当時僕たちは6歳でした。
このようにずっと黙っている時期をSilent Period と呼びます。
でも、アウトプットは本当に必要ないと言えるのでしょうか?
難しい問題です。