初恋の相手
僕になかなか彼女ができないのはどうやらいつまでたっても初恋の相手のことを引きずっているからなんだと思うようになった。
僕は容姿はそれほど悪くないと自分では思っているし、人付き合いもうまいほうだと思っている。
そりゃもちろん嫌いな人は何人もいるし、決して仙人みたいな性格ではないのだけど、それでも人並みに他人と仲良くすることができる。
スポーツも(とは言っても野球に限ったことだが)上手くできるし、アウトドアも(と言っても釣りぐらいだが)好きだ。
自分で言うのもなんだけど、一人か二人くらいは僕に好意を寄せる女性がいてもおかしくないと思っている。
それなのに大学入学後そういう話は一切聞いたことがない。
僕はどうなのかというと、そりゃ何人かこういう人となら付き合ってもいいかなと思う人はいる。というか、いた。
でも、なぜか恋人関係にまで発展することはなかったし、これからもなさそうなのだ。
そこで、ちょっと自分でも理由を考えてみた。
そこで分かったのは、僕は今でも初恋の人のイメージを引きずりすぎているということだ。
僕の初恋の人は、中国系アメリカ人。小学校の時の話だ。
彼女は転校生だった。
転校生がうちのクラスに来るという噂を聞きつけ、彼女がうちの学校に初登校する日の朝、僕は職員室に忍び込んだ。
朝いつもより早く家を出て、職員室の隣にあるコピー室で息をひそめていた。
しばらくするとドアが開く音がして、何やら聞いても分からない言語を喋る女性が入って来た。
それが初恋の人の母親。
その母親に手を引かれて入って来たのが僕の初恋の相手。
一目見た瞬間、彼女は本当にこの世の存在なのかと疑った。
ちょっとよく分からない言い方かもしれないけど、それだけ美しかったということだ。
度肝を抜かれるほどの美しさ。
僕は彼女のことを天使だと思った。
生まれて初めて天使を見た僕は、ちょっと腰砕けになった。
職員室から教室までいつもなら30秒で行けるはずなのに、その日はものすごく時間がかかった。
頭がフラフラして、まさに地に足がついていないあの感じ。
生まれて初めて体験するフラフラ感。
体が一気に軽くなったような気がするものの、足はなぜか鉛のように重い。だけど、地面から2,3cmくらい浮いている感じ。
足を引っ張ってもらうために誰かを呼ぼうか真剣に考えたほどだ。
そんなこんなで、僕は初恋をした。
今思うと、初恋の相手が天使のような美人で本当によかったと思う。
友達の初恋の話を聞いていると、初恋の相手は必ずしも美人とは限らない、というのが普通のような気がしてくる。
なんとなく仲良かった異性がそのまま初恋の人になるパターンが非常に多いようだ。
それに比べると僕は本当に運が良かった。
天使のように美しい人が僕の初恋の人で本当によかった。
その後僕は彼女に急接近した。
家が近かったというのもあったけど、僕たちは一緒に遊ぶようになった。
とにかく、僕と彼女は親友になった。
でも、親友になってしまったのがいけなかった。
親友が恋人になる確率は極めて低い。
幼馴染と付き合っていたり結婚したという話をあまり聞かないのと同じだ。
あまりに距離が近すぎて相手を恋愛対象として見られなくなるからだと僕は思っている。
何にしても、僕は彼女に近づきすぎた。
もちそん僕は彼女と恋人関係になれたらなあと常に思っていた。
でも、彼女は恐らく僕に対してそんな感情を抱いたことはないんだと思う。
僕はずっと彼女のことが好きだった。それは自分でも痛いほど自覚していた。
でも、彼女は違ったんだと思う。
そういうわけで、僕たちは同じ中学校、高校に進んだのだが、中学校に上がってすぐ彼女に彼氏ができた。
そこで僕の初恋は終わった。
彼女に彼氏ができたことを知った日の夜、僕は男の親友と釣りに出かけた。
わさわざテントまで持って徹夜で釣りをした。
もちろん夜に釣れるはずがない。
だけど何となく釣り糸を垂れていたかった。
そして、誰かと一緒にいたかった。
本当は初恋の女の子と一緒にいたかった。ああして二人で釣りをするのが夢だった。
でも、今となってそれは叶わない夢となってしまった。
だから仕方なく男の親友を誘ったのだが、あの夜二人でいろいろ馬鹿話をしたおかげで、次の日学校をずる休みせずに済んだ。
その日から僕は前に進むことを決めた。
時間をもっと有意義に使おうと決めた。
そのおかげで野球も釣りもかなり上達した。
成績も少し上がった。
成績が少し上がったおかげで、高校も初恋の人と同じ学校に進むことができた。
どうなんだろう。僕はいつ頃まで彼女のことが好きだったんだろう。
もしかすると高校の時もまだ彼女のことが好きだったのかもしれない。
心の中のどこかで彼女のことを意識していただろうし、もしかしたら親友から一歩抜け出し恋人関係になれるかもしれないという淡い期待を抱いていたかもしれない。
そんな感じで僕はいつまでも彼女の存在を忘れることができなかった。
正直言うと今でもそうだ。
僕の記憶の中の彼女は今でも美しい天使のままだ。
本当は髪を金髪に染めちゃって、化粧もかなり濃くなっちゃったけど、僕にとって天使は彼女一人だけだ。
僕と彼女が手を繋いで歩いている姿を想像すると、本当にお似合いの二人だなあと思うことがある。
今さらそんなことはありえないんだけど、いや、そうなればいいなあと少しの期待はあるにはあるんだけど、心の中のどこかでは諦めている自分がいる。
自分でもよく分からない。
とにかく僕は彼女のことをいつまでも引きずっているから、彼女ができないのだ。
彼女のことをきっぱり忘れないと前に進むことはできない。
そう思っていた。
でも、最近それは違うと思うようになった。
いつまでたっても彼女は天使であり続ける。
世界で一番可愛くて優しい女性。それが彼女。
それはいつまでたっても変わらないんだ。
だからといってどこかで妥協するのもちょっと違う気がする。
ようするに二人目の天使を見つければいいんだと思うようになった。
心から可愛くて優しいと思える相手が現れてくれればいいんだ。
つまり今はまだその時期じゃないというだけのことだ。
そう自分に言い訳することにしている。