街の話
僕が生まれ育った街には、これといって面白い観光地もなければ、人が集まるショッピングセンターのようなものは一つもない。
人口は減る一方で、確か新しく越してきた人(転入者)より、死亡や引っ越しなどの理由で街から出て行った人(転出者)の方が多いはずだ。
うちの母がいつか小言のように言っていたけど、「最近子どもが減ったね。昔は車で走っているとよく子どもにぶつかりそうになったけど、今はそういうことは全然ない」らしい。
駅前のアーケード街は、ちゃんと数えたことはないけど、恐らく8割以上の店がシャッターを閉めている。僕が子どもの頃よく言っていたスポーツ用品店も、店主のじいさんが死んだらしく、今はシャッターが下りている。
昔は子どもやカップルで溢れかえっていた(らしい)比較的大きな公園も、今では遊具も錆びついてしまい、人影は見当たらない。
街のはずれにある小学校がもしかしたら閉校になるかもしれないらしいと風の噂で聞いた。
この街の風の噂は馬鹿にできない。7割が当たる。(3割は外れる)
こんな状況なのに、新しい体育館を建てるらしい。
自治体のやることはいちいち理解に苦しむ。
何億円もかけて体育館を建てるなんて、どういうつもりなんだろう。
だいたいこの街には大きな会社がひとつもないせいで、税金があまり入ってこない。
どこに体育館を建てるお金があるんだろう。
市民全員が望む政治をするのは確実に不可能だが、今度の体育館新築に関しては、恐らく市民の半数以上が反対している。(と、風の噂で聞いた)
でも、体育館新築を決断したのは、僕たち市民が選んだ市議会議員たちだ。
だから今さら文句は言えない。文句を言うのは個人の勝手だが、決断は覆らない。
この街のいいところと言えば、自然が豊かなこと、静かなこと、交通量が少ないことくらいかもしれない。
田舎にありがちな「人が優しい」、「人情味がある」も当てはまらないと思う。
よくどこかのおじさんとどこかのおじさんが口喧嘩しているのを見かけるし、回覧板を持って行っただけで、「分かったから。回覧板置いてさっさと出ていけ」と言われる。
僕は多分この街があまり好きではない。
昔の友達は皆僕と同じように都会の大学に進んだ。
だからわざわざバスや新幹線で帰ってきても、父親と酒を飲むくらいしか楽しみがないし、それもわざわざ帰ってきてまでするほどのことでもないような気がする。
それでも、実家の最寄り駅に着くと安心するのはなぜだろうか。
あの駅には独特のにおいがある。
僕は風と土のにおいだと思っている。
風と土と少し農薬が混ざったにおい。
都会の人にとったら「何このにおい?」と思うようなにおいでも、僕にとってはこれが故郷のにおいだ。
別にこのにおいを嗅ぐために帰省するわけではない。
だけど、なぜか安心する。
安心するから帰ってくるのかもしれない。
僕は個人的に田舎にいいところなんてないと思っている。
不便だし、店は少ないし、田舎特有の地域の繋がりが煩わしいし、田舎の嫌なところを挙げろと言われればいくつでも言える自信がある。
それでも、自分が通った小学校の横を久しぶりに通ったり、近所の喫茶店のばあさんにじゃがいもをもらったりするから、地元を嫌いにはなれない。
口では地元なんてどうでもいいと言っているが、心のどこかでやはり気にしているのかもしれない。
もしこの街がとなりの「町」や「村」と合併なんかしたら、それはそれで嫌だなと思う。
いつまでもこのままであってほしいと思う。
僕が帰る場所はここしかないんだから。