父は何でも知っている
私は優等生タイプの子どもではありませんでした。
小さい頃から勉強もろくにせずに遊んでばかりいました。
今思うととても不思議なのですが、遊んでばかりいた私に両親は何も言いませんでした。
逆に、遊びに関しては非凡な才能を発揮していた私を褒めてくれました。
遊んでばかりいた私にも、「競争」しなければならない時がやってきました。
高校受験。
この関門は難なく突破しました。
高校受験から3年。今度は大学受験です。
高校受験は田舎の子どもが競争相手でしたが、大学受験の相手は「全国」です。
競争相手が一気に増えました。一気に強力になりました。
私の第一志望は東大!
誰もが憧れる、日本の大学のトップに君臨する東大!
私は海外で育ったとこもあり、文系科目(国語や社会)が苦手でした。
現代文は何とかなりました。
漢文は中国語なので楽勝でした。
問題は古典。日本の古典です。今の日本語とは全然違います。
読んでも意味が分からない。
古典は基礎の基礎からやりました。
日本史もダメ。子どもの頃、漫画で読む日本史で読んだ知識くらいしかありません。
政治経済も、日本の政治経済が主なので難しい。
このように文系科目はボロボロでした。
でも当時の私は「絶対間に合う」と思っていました。
でも、ダメでした。
東大不合格。
第二志望には合格しました。
でも、東大に落ちたショックで、浪人してもう一度東大に挑戦するかどうか本気で考えました。
でも、もう一年予備校なんかで勉強する気になれなかったので、仕方がなく第二志望だった大学に行くことにしました。
受験が(一応)(いろんな意味で)終わって一か月。本当に何もしませんでした。
まさに抜け殻。
普通の高校生なら、受験が終わったら同級生と遊んだりするのでしょうが、当時の私は遊びに行く気も起きませんでした。
あんなに好きだった「遊び」に対する情熱も失ってしまいました。
毎日魂が抜け落ちたかのような顔でキッチンに降りてくる私を見かねた父親が、私を久しぶりに釣りに連れて行ってくれました。
釣り。
4歳から父に鍛えられました。
私も釣りが大好きで、受験前は毎週のように釣りに行っていました。
正直嫌でした。
「なんで釣りなんか行かなあかんねん」と心の中で思っていました。
私はまだ免許を持っていなかったので、父の運転で福井まで行きました。
福井の海を見て、「ああ、懐かしいな」と思いました。
次第に心の霧が晴れていくような感じがしました。
真夜中に釣りをしていて、ふと気が付きました。
今この空間には、私と父しかいない。
父は隣でタバコを吸いながら、釣りに集中している。
私は釣りに集中できていない。
今私がいるのは釣り船の上なのに。
釣り船は釣りをするところなのに、私は釣りに集中できていない。
これではダメだと思いました。
Life goes on.
東大はダメだった。
でも東大だけが人生ではない。
今いる場所で一生懸命努力をする。
そうやって生きていくしかないんだ。
真夜中の釣り船で、私は大切なことに気付くことができました。
あの日釣りに連れて行ってくれた父に心から感謝しています。
父はなんでも知っているんですね。