Life Goes On
それでも生活は続く
「朝起きて、トイレに行って、歯みがいて、顔洗って、朝・昼・晩三食食べて、酒を飲めば唄も歌うし、面白い話には大声で笑ってる...あいつがいなくなったのにね」
大事な人を亡くすのってどんな感じなんだろう?
俺はまだ若いから(!?)、他人の死をあまり経験したことがない。
小学生の時、アメリカにいたんだけど、同じ野球チームの一個上の先輩が、友達の家から自転車で自宅に帰る途中、魚を積んだトラックに轢かれて死んだ。
先輩のお父さんは、「いや~あいつは野球と同じくらい釣りが好きだった。魚をたんまり積んだトラックに轢かれたのはある意味運命だったのかもしれないな」なんて言って、気丈に振る舞っていたけど、本当は辛かったんだと思う。
先輩の両親はとても優しい人だったし、何より一人息子である先輩に対する愛情は半端なかった。
そして、今年、うちのばあさんが死んだ。
本当に優しいばあさんだった。うちのばあさんは、結構複雑な人生を送ったそうで、二回も離婚をしたせいで、子どもや孫を含めた親戚が全国のあちこちにいるらしい。
この前、司法書士をやってるうちの母親にばあさんの家の家系図を見せてもらったけど、ばあさんの実家はかなり大きな農家で、昔は家に籠があったことから、もしかしたら江戸時代の頃は豪農だったんじゃないかって言われてる。
使用人が主人を籠に入れて町まで運んでいたらしい。例えば、主人が酒を飲みに行くときとか、買い物に行くときなんかに。本当かどうかは分からないけど。
大きい農家だったから、戦争の時も食べ物だけには困らなかったらしい。土地を没収されたりもしたらしいけど、戦後に残った土地だけでもかなりの大きさだったらしくて、今でもマンションや駐車場を所持している。
うちのばあさんはかなり長生きだった。でも、俺が中学生ぐらいのとき、どこかのレストランでばあさんがふとこう言った。
「あんたが生まれた時は、あんたが中学生になるくらいまで生きていられればいいなあと思っていたんだよ」
それを聞いて、俺は胸が熱くなった。
「俺は一人で生きているわけじゃないんだ。いろんな人の想いを背負って生きているんだ」と思った。
そして、「ばあさん、どうか長生きして、俺が大学に行くまで、いや、俺が家庭を持って、子どもができるまで生きてください」と願った。
そうすれば、ばあさんはひ孫を見ることができる。
言葉にしたわけじゃないけど、心の中で、本気でそう思っていた。
でも、その願いは叶わなかった。
ばあさんが死んだ時は、本当に悲しかった。
葬式でスピーチをしてくれと頼まれたけど、本当はそんなことしたくなかった。
でも、お世話になったおじさんの頼みだから無下に断ることもできず、結局引き受けた。
葬式の前日に徹夜でスピーチの原稿を書いた。
葬式当日、ばあさん当てに書いた手紙を読んでいる時、不覚にも大泣きしてしまった。
俺が泣いているのを見たうちの母や父も泣いていた。
もうばあさんに会えなくなる。もうばあさんの手料理を食べられなくなる。
もうばあさんと話ができなくなる。
もっとばあさんと話しをしておけばよかった。
ばあさんの孫で本当によかった。
感謝の気持ちと少しの後悔。
ばあさんはいなくなってしまった。
でも、俺たちの生活はこれからも続く。
ばあさんが病院のベッドの上で言った。
「私はもう十分生きた。後は、あんたたちが頑張ればいい。お墓で待っているからね」
もう、本当に涙が出でくる。
そうだ、俺たちの生活は続くんだ。
そして、いつか俺たちもばあさんと同じ場所に行くんだ。